第55話『力の差』

第55話『力の差』


子どもたちが一斉に駆け寄ってきた。

「コンちゃん!」

「お兄ちゃんたち来たよ!」

カプリッチョが振り返る。

「おぉ!」

紫色の尻尾が嬉しそうに大きく揺れた。

「お兄ちゃん!」

「また来たコン!」

俺は帽子を取り、静かに一礼する。

「この前は助かった。」

「ありがとう。」

カプリッチョは首を傾げた。

「お礼?」

「そんなのいいコン!」

「遊ぶコン!」

その一言だけで、子どもたちから歓声が上がる。

「遊ぼう!」

「鬼ごっこ!」

「ボール!」

完全に遊びモードだった。

俺は思わず苦笑する。

「俺たちも?」

「もちろんコン!」

満面の笑みで胸を張る。

「お兄ちゃんたちも子分コン!」

スタッカートが吹き出した。

「子分認定されたっス。」

ドルチェも微笑む。

「光栄ですわ。」

しかし。

リアルダだけは静かに周囲を見渡していた。

子どもたち。

遊具。

運動場。

風向き。

地形。

一つ一つを確認していく。

「レッド様。」

「はい。」

「念のため。」

俺は短く頷いた。

「頼む。」

その一言だけで十分だった。

リアルダは振り返る。

「カンタービレ軍曹。」

「お願いします。」

「了解しました。」

軍曹が静かに一歩前へ出る。

「全員。」

「防御陣形。」

一瞬だった。

スタッカート。

ペザンテ。

エネルジコ。

ドルチェ。

四人が息を合わせて配置につく。

誰一人として慌てない。

士官学校で叩き込まれた基本。

そして北方戦線で磨かれた連携だった。

リアルダが淡々と数値を読み上げる。

「気温、二十八・四度。」

「風速、一・二メートル。」

「仰角、四度。」

「斜角、一一度。」

「有効調律、四四〇ヘルツ。」

音が重なる。

低音。

さらに低音。

防御弾幕に最適化されたハーモニーコードが、静かに運動場を包み始めた。

空気が震える。

しかし。

響かない。

返ってこない。

広い運動場は音をそのまま空へ吸い込んでいく。

リアルダが小さく息を呑む。

「反響率……低下。」

「防御弾幕出力。」

「五十一パーセント。」

薄い。

いつもの半分ほどしか厚みがない。

ペザンテが短く呟く。

「育ちません。」

音が。

育たない。

スタッカートも珍しく笑わなかった。

「これじゃ……。」

その時だった。

カプリッチョが不思議そうな顔で近づいてくる。

「何してるコン?」

誰も答えない。

リアルダだけが静かに答えた。

「安全確認です。」

「ふーん。」

カプリッチョは一歩前へ出る。

そして、にこっと笑った。

「じゃあ。」

「遊ぶコン!」

右手を。

ぽんっと。

防御弾幕へ軽く当てた。

次の瞬間――

ドォォォンッ!!

分厚いはずの音の壁が、一瞬で弾け飛んだ。

「っ!」

スタッカートが吹き飛ぶ。

「うわぁ!」

エネルジコが地面を転がる。

「ぐっ!」

ドルチェが尻もちをつく。

ペザンテだけは踏みとどまった。

それでも数歩、後退する。

リアルダは端末を見つめたまま目を見開いた。

「防御弾幕……。」

「崩壊。」

数値は間違っていなかった。

調律も。

配置も。

演奏も。

すべて教範どおりだった。

それでも。

神獣は、まるで風船に触れるような気軽さで、防御弾幕そのものを押し流してしまった。

カプリッチョはきょとんとしていた。

「え?」

「遊んだだけだコン?」

子どもたちは大笑いする。

「コンちゃん強い!」

「もう一回!」

「もっと遊ぶコン!」

何事もなかったように笑い声が広がる。

俺は帽子をゆっくりとかぶり直した。

「何とかなるさ。」

そう呟きながら。

目の前ではしゃぐ神獣を見つめる。

――この子は。

本当に遊んでいるだけなんだ。

そして、その事実こそが。

山陰支部の誰よりも俺たちに、この神獣との力の差を教えていた。


第56話『笑顔を守る』
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2026年07月04日