第129話『帰投』

第129話『帰投』


情報武官カイタの運転する車で、益田駐屯地へ帰る。

広島の街並みは、とうに遠ざかっていた。

車窓には、夏の山々が続いている。

「一日待ってもらって、スミマセン」

「いや、それより」

バックミラー越しに、カイタが笑った。

「広島観光、どうでした♪」

「……広島観光」

宮島。

鹿。

広島の街。

そして――。

「対人訓練……鍛えられました」

「わっーっはっはっ!」

大きな笑い声が、車内に響いた。

「タケハラ、はりきってましたからねー」

「……そうなのか?」

「そこは本人に聞いてくださいよ♪」

「?」

また笑われた。

何がおかしいのか、よく分からない。

それからも。

他愛もない話が続いた。

窓の外には、深い緑。

一定のリズムで伝わる、心地よい車の振動。

緑のゆりかごに揺られているうちに――。

いつの間にか。

眠っていた。

◇

「……隊長」

声が聞こえた。

「……隊長」

「到着しました」

「……ん」

目を開ける。

車は停まっていた。

「……?」

何かがおかしい。

さっきまでとは。

カイタの雰囲気が違う。

窓の外を見る。

白い建物。

「ん?」

目を擦る。

もう一度見る。

「……違うと思うぞ」

カイタは前を向いたまま答えた。

「いえ……」

一拍。

「合ってます……」

「?」

車を降りる。

白い建物を見上げた。

どう見ても――。

病院だ。

◇

自動ドアを抜ける。

「……隊長」

「?」

「お帰りなさいませ……」

「カンタービレ?」

軍曹が立っていた。

「いやっ、それより――」

腕。

包帯が巻かれている。

「どうした」

「……」

カンタービレは答えなかった。

その後ろには。

俺とドルチェの代わりに、広島から派遣されていた音術師が二人。

二人とも。

負傷していた。

「隊長……」

一人が頭を下げる。

「スミマセン……」

「我々がいながら……」

「……何が?」

返事はない。

嫌な感じがした。

「他のみんなは?」

カンタービレが目を伏せる。

「……こちらです」

◇

病室。

扉を開ける。

「!?」

「隊長様ー!」

「隊長!」

「隊長ー!」

スタッカートが、包帯を巻いた腕を上げた。

「大変だったっスー……」

「……」

ブリランテ。

アクセント。

スタッカート。

一人。

二人。

三人。

病室を見回す。

「……後は?」

三人の表情が変わった。

「……」

「カンタービレ」

「駐屯地と……」

言葉が止まる。

「……と?」

誰も答えない。

「隊長」

カンタービレが静かに言った。

「こちらです」

◇

白い廊下を歩く。

靴音だけが響いていた。

誰も喋らない。

やがて。

カンタービレが立ち止まった。

俺も足を止める。

「……」

扉の横。

そこに書かれた文字を見る。

(集中治療室……)


第130話『2つのケース』
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2026年08月29日