第114話『乾杯』

第114話『乾杯』


ザ・グランドリヴァージュ広島。

最上階。

大宴会場。

大きな窓の向こうには。

広島の夜景が。

広がっていた。

長いテーブル。

料理。

グラス。

あちこちから。

笑い声が聞こえる。

今日。

同じ戦場に立った者たちが。

また。

同じ場所に集まっていた。

やがて。

一人の老人が。

ゆっくり立ち上がった。



「皆様。」

「本日は。」

「よう帰ってきてくださいました。」

ざわめきが。

静まる。

今朝。

ホテルの前で会った老人だ。

「わしは。」

「ノービレ。」

「このホテルの主人であり。」

「広島西部方面軍第3軍団を。」

「支援させてもろうとります。」

一礼。

「まずは。」

「これまで。」

「帰ることのできんかった者たちへ。」

会場が。

静かになる。

「黙祷。」



音が。

消えた。

窓の向こう。

広島の街だけが。

静かに光っていた。



「……ありがとうございました。」

ノービレが。

顔を上げる。

そして。

少しだけ。

表情を緩めた。

「では。」

「乾杯のご挨拶を。」

嫌な予感。

「広島を。」

「何度も救ってくださった。」

「スカーレット様のご子息であり。」

「このたび。」

「山陰から駆けつけ。」

「第4トランペット遊撃隊を率いて。」

「この危機を救ってくださった。」

ノービレが。

俺を見る。

「レッド殿に。」

「お願いしたいと思います。」

「……。」

やっぱり。

母さんの名前が。

つくのか。

隣を見る。

コン・ブリオが。

何食わぬ顔で。

グラスを持っている。

「ふふっ。」

「おい。」

「何だい?」

「帰りの車で言ってた。」

「もう一つのお願いって。」

「これか。」

「そうだよ。」

悪びれもしない。



仕方なく。

立ち上がる。

会場中の視線が。

集まった。

こういうのは。

本当に苦手だ。

「えー……。」

周りを見る。

今日。

一緒に戦った顔が。

そこにある。

「今日は。」

「お疲れさまでした。」

少し考える。

「こうして。」

「またみんなで。」

「飯を食えて。」

一拍。

「良かった。」

もう。

出てこない。

「以上。」

「短っ!」

どこかから。

声が飛んだ。

笑いが起きる。

俺は。

グラスを上げた。

「乾杯。」

『乾杯!』

グラスの音が。

一斉に重なった。



「しかし。」

副官のオオタケが。

料理を皿へ取りながら。

俺を見る。

「隊長。」

「右翼。」

「本当に危なかったですぞ。」

「そうだったか?」

「……。」

オオタケの手が。

止まる。

「隊長が。」

「山ンバ本陣へ撃ち込んだあと。」

「向こうの火力。」

「ほとんど全部。」

「こっちへ来たじゃないですか。」

リアルダの。

フォークが止まった。

「……食事中に。」

「思い出させないでください。」

ドルチェが。

くすりと笑う。

「ウフフっ。」

オオタケも。

ドルチェを見る。

「ドルチェ殿の防壁がなければ。」

「今頃。」

「笑い話にはなってません。」

「まあ。」

ドルチェは。

平然とグラスを傾ける。

「これくらい。」

「普通ですわ♪」

「普通ではありません。」

リアルダと。

オオタケ。

声が重なった。

「まあ♪」



俺は。

コン・ブリオを見る。

「左翼でも。」

「でかいのが飛んだんだろ?」

「うん。」

コン・ブリオが。

少し離れた席を見る。

「河太郎の本陣へ撃ち込んだのは。」

「タケハラだよ。」

ちょうど。

本人が。

こちらへやって来た。

「お呼びですか?」

「いや。」

コン・ブリオが笑う。

「彼女は。」

「我が軍で一番。」

「太くて。」

「豊かな音響弾を放つんだ。」

タケハラの眉が。

ぴくり。

「軍団長。」

「ん?」

「その。」

「太いって言い方。」

一拍。

「やめてください。」

「……。」

俺は。

思わず笑った。

「一本とられたな。」

「ですよね♪」

タケハラも。

にっこり笑う。

そして。

スマートフォンを取り出した。

「では。」

「一本とられたついでに。」

「写真も。」

「撮られてください。」

「俺が?」

「はい♪」

もう。

カメラが起動している。

「左翼からでも。」

「隊長のあの音響弾の凄さ。」

「分かりました!」

すっと。

俺の横へ寄る。

「痺れましたー!」

「今度。」

「ご指導ください♪」

「俺でいいなら。」

「やった♪」

パシャッ。



向かいを見る。

リアルダが。

なぜか。

無言だった。

「リアルダ?」

「はい。」

「どうした?」

「別に。」

「そうか。」

ドルチェが。

リアルダの横で。

グラスを傾ける。

「ウフフっ。」

「……ドルチェ。」

「何ですの?」

「何でもありません。」

「わたくしも。」

「何も言ってませんわ〜。」

なら。

いいのか。



「そうだ。」

コン・ブリオが。

タケハラを見る。

「研修の件。」

「益田駐屯地付きで。」

「申請しておこうか。」

「本当ですか!?」

タケハラの顔が。

ぱっと明るくなる。

「ぜひ!」

「おい。」

俺は。

コン・ブリオを見る。

「先に。」

「こっちへ言えよ。」

「嫌なの?」

「嫌とは言ってない。」

「なら問題ないね。」

「そういう問題か?」

「ふふっ。」

タケハラが。

俺へ向き直る。

「では。」

「よろしくお願いします。」

「隊長♪」

「まだ決まってないぞ。」

「今のうちからです♪」

「そういうもんか。」

「そういうもんです♪」

横で。

ドルチェが。

楽しそうに笑っていた。



しばらくして。

宴会場の隅に。

妙な列ができた。

「ドルチェ殿。」

士官が。

色紙を差し出している。

その後ろ。

三十代。

四十代。

五十代。

いい歳をした士官たちが。

並んでいる。

「……何だ。」

「あれ。」

リアルダも。

目を丸くする。

「上の階級の方まで。」

「いらっしゃいますね。」

先頭の士官が。

緊張した顔で。

「学生時代から。」

「ファンでした。」

「まあ……。」

ドルチェが。

頬へ手を添える。

「もう。」

「齢が。」

「バレてしまいますわ〜。」

会場に。

笑いが起きた。



俺は。

コン・ブリオを見る。

「何なんだ。」

「あれ。」

「知らないの?」

「知らん。」

「ドルチェ先輩。」

「士官学校のパンフレットとか。」

「広報ポスターとか。」

「よく出てたんだよ。」

「……モデル?」

「そう。」

リアルダまで。

ドルチェを見る。

「初耳です。」

「ウフフっ。」

「昔のお話ですわ〜。」

列の後ろから。

声が飛んだ。

「当時のポスター!」

「まだ持ってます!」

ドルチェの笑顔が。

一瞬。

固まる。

「それは。」

「言わなくてよろしいですわ!」

また。

笑いが広がった。



「昔から。」

「人気者じゃったからのう。」

ノービレが。

楽しそうに笑っている。

俺は。

ノービレを見る。

ドルチェを見る。

今朝のリムジン。

ホテルでの扱い。

「……まさか。」

ドルチェが。

にっこり笑った。

「こちら。」

「わたくしの祖父ですわ♪」

「やっぱりか。」

ノービレが。

声を上げて笑う。

「ようやく気づいたか!」

「最初から。」

「言ってくれればいいのに。」

「聞かれんかったからの♪」

リアルダが。

小さくため息をついた。



料理も。

だいぶ減った頃。

ドルチェが。

俺を見る。

「隊長。」

「何だ。」

「このホテル。」

「気に入りました?」

「まあ。」

「すごいホテルだとは思う。」

ノービレまで。

なぜか。

こっちを見ている。

ドルチェが。

微笑む。

「ずっと。」

「ここに住めますのよ?」

「……。」

少し考えた。

「いや。」

「益田の宿舎でいい。」

「……。」

ドルチェが。

目を細める。

「そういう意味では。」

「ありませんわ〜。」

「じゃあ。」

「どういう意味だ?」

リアルダが。

少しだけ。

視線を逸らした。

ノービレは。

腹を抱えて笑っていた。

何なんだ。



宴も。

そろそろ。

お開き。

オオタケが。

席を立つ。

「隊長。」

「今日は。」

「お疲れさまでした。」

「おう。」

「では。」

「私はこの辺で。」

「またな。」

オオタケが。

会場を出ていく。

俺も。

そろそろ。

部屋へ戻ろう。

そう思った時。

「隊長♪」

タケハラが。

やって来た。

「ん?」

「このあと。」

「みんなで二次会へ行くんですけど。」

にっこり。

「よろしければ。」

「ご一緒しませんか?」

「俺?」

「はい♪」

「……。」

今日は。

朝から。

色々ありすぎた。

「スマン。」

「俺。」

「酒が飲めないんだ。」

肩を回す。

「それに。」

「今日は疲れたし。」

「もう休みたい。」

「あら……。」

タケハラが。

ほんの一瞬。

残念そうな顔をした。

でも。

すぐ笑う。

「分かりました♪」

「お疲れですものね。」

「悪い。」

「いえいえ♪」

タケハラが。

仲間たちの方へ戻っていく。



「レッド。」

今度は。

コン・ブリオだった。

「何だ?」

「このあと。」

「少し付き合わない?」

「……お前までか。」

「静かな店で。」

「少し話をしたいんだ。」

「酒は飲まなくていいよ。」

「……。」

親友に。

そう言われると。

断りづらい。

「長くならないか?」

「ならないよ。」

一拍。

「多分。」

「多分って。」

「ふふっ。」

俺は。

ため息をついた。

「分かった。」

「少しだけな。」

「ありがとう。」

コン・ブリオが。

嬉しそうに笑った。

そして。

仲間たちの方へ戻ろうとしていた。

タケハラへ。

声をかける。

「タケハラ。」

「はい?」

「君も。」

「一緒に来ない?」

「……!」

顔が。

一気に明るくなる。

「よろしいんですか?」

「もちろん。」

俺は。

タケハラを見る。

「君は。」

「他の仲間と。」

「二次会じゃないのか?」

「……。」

タケハラが。

すっと背筋を伸ばした。

右手を。

額へ。

ビシッ!

「軍団長の命令は。」

一拍。

「絶対であります!」

「ふふっ。」

コン・ブリオが笑う。

「命令してないけどね。」

「では。」

タケハラが。

にっこり笑う。

「軍団長からの。」

「ありがた〜いお誘いであります♪」

「さっきと違うぞ。」

「細かいことは。」

「気にしないでください♪」

そういうものなのか。



「ウフフっ。」

後ろから。

聞き慣れた笑い声。

振り返る。

ドルチェが。

いつもの笑顔で。

立っていた。

「まあ。」

「楽しそうですこと。」

コン・ブリオが。

苦笑する。

「ドルチェ先輩。」

「あら。」

ドルチェが。

頬へ手を添える。

「わたくしも。」

一拍。

「同窓会に。」

「参加させてくださいませ♪」

「同窓会?」

俺は。

首を傾げる。

「ただ。」

「飲みに行くだけだぞ。」

「まあ♪」

ドルチェが。

さらに笑う。

「でしたら。」

「親睦会ということで。」

「わたくしも。」

「ご一緒いたしますわ♪」

「……。」

どうやら。

人数が増えるらしい。



ドルチェが。

くるりと。

後ろを向く。

少し離れた場所。

リアルダが。

荷物をまとめていた。

「リアルダちゃん。」

「はい?」

「貴女も。」

「ご一緒しません?」

「私もですか?」

「ええ♪」

リアルダが。

こちらを見る。

俺。

コン・ブリオ。

ドルチェ。

そして。

俺の横にいる。

タケハラ。

「……。」

ほんの少し。

間があった。

「私は。」

「士官学校の卒業生ではありませんが。」

「まあ。」

ドルチェが。

にっこり笑う。

「でしたら。」

「特別参加ですわ♪」

「……。」

リアルダが。

もう一度。

こちらを見る。

「分かりました。」

「ご一緒します。」

「ウフフっ。」

なぜか。

ドルチェが。

とても満足そうだった。



五人で。

ホテルを出る。

広島の夜。

店の灯り。

行き交う人。

昼間とは。

まるで違う街だった。

先頭。

コン・ブリオ。

その横。

ドルチェ。

俺の隣には。

タケハラ。

リアルダも。

すぐ近くを歩いている。

「隊長♪」

「ん?」

「益田へ行ったら。」

「色々。」

「教えてくださいね。」

「トランペットなら。」

「カンタービレに聞いたほうが。」

「細かいところまで。」

「教えてくれるぞ。」

「……。」

タケハラが。

じっと俺を見る。

「私。」

一拍。

「隊長に。」

「教わりたいんです♪」

「そうなのか?」

「そうなんです♪」

「なら。」

「時間があれば。」

「お願いします♪」

その時。

横から。

小さなため息。

「リアルダ?」

「はい。」

「疲れたか?」

「疲れていません。」

「そうか。」

妙に。

返事が早い。

前を歩く。

ドルチェの肩が。

小さく揺れていた。

「ドルチェ。」

「何で笑ってる?」

「ウフフっ。」

振り返る。

いつもの。

穏やかな笑顔。

「隊長には。」

一拍。

「まだ。」

「難しいお話ですわ〜♪」

「?」

俺には。

さっぱり。

分からなかった。


第115話『市街地対人訓練』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog809.html

ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html

2026年08月18日