第114話『乾杯』
第114話『乾杯』
ザ・グランドリヴァージュ広島。
最上階。
大宴会場。
大きな窓の向こうには。
広島の夜景が。
広がっていた。
長いテーブル。
料理。
グラス。
あちこちから。
笑い声が聞こえる。
今日。
同じ戦場に立った者たちが。
また。
同じ場所に集まっていた。
やがて。
一人の老人が。
ゆっくり立ち上がった。
◇
「皆様。」
「本日は。」
「よう帰ってきてくださいました。」
ざわめきが。
静まる。
今朝。
ホテルの前で会った老人だ。
「わしは。」
「ノービレ。」
「このホテルの主人であり。」
「広島西部方面軍第3軍団を。」
「支援させてもろうとります。」
一礼。
「まずは。」
「これまで。」
「帰ることのできんかった者たちへ。」
会場が。
静かになる。
「黙祷。」
◇
音が。
消えた。
窓の向こう。
広島の街だけが。
静かに光っていた。
◇
「……ありがとうございました。」
ノービレが。
顔を上げる。
そして。
少しだけ。
表情を緩めた。
「では。」
「乾杯のご挨拶を。」
嫌な予感。
「広島を。」
「何度も救ってくださった。」
「スカーレット様のご子息であり。」
「このたび。」
「山陰から駆けつけ。」
「第4トランペット遊撃隊を率いて。」
「この危機を救ってくださった。」
ノービレが。
俺を見る。
「レッド殿に。」
「お願いしたいと思います。」
「……。」
やっぱり。
母さんの名前が。
つくのか。
隣を見る。
コン・ブリオが。
何食わぬ顔で。
グラスを持っている。
「ふふっ。」
「おい。」
「何だい?」
「帰りの車で言ってた。」
「もう一つのお願いって。」
「これか。」
「そうだよ。」
悪びれもしない。
◇
仕方なく。
立ち上がる。
会場中の視線が。
集まった。
こういうのは。
本当に苦手だ。
「えー……。」
周りを見る。
今日。
一緒に戦った顔が。
そこにある。
「今日は。」
「お疲れさまでした。」
少し考える。
「こうして。」
「またみんなで。」
「飯を食えて。」
一拍。
「良かった。」
もう。
出てこない。
「以上。」
「短っ!」
どこかから。
声が飛んだ。
笑いが起きる。
俺は。
グラスを上げた。
「乾杯。」
『乾杯!』
グラスの音が。
一斉に重なった。
◇
「しかし。」
副官のオオタケが。
料理を皿へ取りながら。
俺を見る。
「隊長。」
「右翼。」
「本当に危なかったですぞ。」
「そうだったか?」
「……。」
オオタケの手が。
止まる。
「隊長が。」
「山ンバ本陣へ撃ち込んだあと。」
「向こうの火力。」
「ほとんど全部。」
「こっちへ来たじゃないですか。」
リアルダの。
フォークが止まった。
「……食事中に。」
「思い出させないでください。」
ドルチェが。
くすりと笑う。
「ウフフっ。」
オオタケも。
ドルチェを見る。
「ドルチェ殿の防壁がなければ。」
「今頃。」
「笑い話にはなってません。」
「まあ。」
ドルチェは。
平然とグラスを傾ける。
「これくらい。」
「普通ですわ♪」
「普通ではありません。」
リアルダと。
オオタケ。
声が重なった。
「まあ♪」
◇
俺は。
コン・ブリオを見る。
「左翼でも。」
「でかいのが飛んだんだろ?」
「うん。」
コン・ブリオが。
少し離れた席を見る。
「河太郎の本陣へ撃ち込んだのは。」
「タケハラだよ。」
ちょうど。
本人が。
こちらへやって来た。
「お呼びですか?」
「いや。」
コン・ブリオが笑う。
「彼女は。」
「我が軍で一番。」
「太くて。」
「豊かな音響弾を放つんだ。」
タケハラの眉が。
ぴくり。
「軍団長。」
「ん?」
「その。」
「太いって言い方。」
一拍。
「やめてください。」
「……。」
俺は。
思わず笑った。
「一本とられたな。」
「ですよね♪」
タケハラも。
にっこり笑う。
そして。
スマートフォンを取り出した。
「では。」
「一本とられたついでに。」
「写真も。」
「撮られてください。」
「俺が?」
「はい♪」
もう。
カメラが起動している。
「左翼からでも。」
「隊長のあの音響弾の凄さ。」
「分かりました!」
すっと。
俺の横へ寄る。
「痺れましたー!」
「今度。」
「ご指導ください♪」
「俺でいいなら。」
「やった♪」
パシャッ。
◇
向かいを見る。
リアルダが。
なぜか。
無言だった。
「リアルダ?」
「はい。」
「どうした?」
「別に。」
「そうか。」
ドルチェが。
リアルダの横で。
グラスを傾ける。
「ウフフっ。」
「……ドルチェ。」
「何ですの?」
「何でもありません。」
「わたくしも。」
「何も言ってませんわ〜。」
なら。
いいのか。
◇
「そうだ。」
コン・ブリオが。
タケハラを見る。
「研修の件。」
「益田駐屯地付きで。」
「申請しておこうか。」
「本当ですか!?」
タケハラの顔が。
ぱっと明るくなる。
「ぜひ!」
「おい。」
俺は。
コン・ブリオを見る。
「先に。」
「こっちへ言えよ。」
「嫌なの?」
「嫌とは言ってない。」
「なら問題ないね。」
「そういう問題か?」
「ふふっ。」
タケハラが。
俺へ向き直る。
「では。」
「よろしくお願いします。」
「隊長♪」
「まだ決まってないぞ。」
「今のうちからです♪」
「そういうもんか。」
「そういうもんです♪」
横で。
ドルチェが。
楽しそうに笑っていた。
◇
しばらくして。
宴会場の隅に。
妙な列ができた。
「ドルチェ殿。」
士官が。
色紙を差し出している。
その後ろ。
三十代。
四十代。
五十代。
いい歳をした士官たちが。
並んでいる。
「……何だ。」
「あれ。」
リアルダも。
目を丸くする。
「上の階級の方まで。」
「いらっしゃいますね。」
先頭の士官が。
緊張した顔で。
「学生時代から。」
「ファンでした。」
「まあ……。」
ドルチェが。
頬へ手を添える。
「もう。」
「齢が。」
「バレてしまいますわ〜。」
会場に。
笑いが起きた。
◇
俺は。
コン・ブリオを見る。
「何なんだ。」
「あれ。」
「知らないの?」
「知らん。」
「ドルチェ先輩。」
「士官学校のパンフレットとか。」
「広報ポスターとか。」
「よく出てたんだよ。」
「……モデル?」
「そう。」
リアルダまで。
ドルチェを見る。
「初耳です。」
「ウフフっ。」
「昔のお話ですわ〜。」
列の後ろから。
声が飛んだ。
「当時のポスター!」
「まだ持ってます!」
ドルチェの笑顔が。
一瞬。
固まる。
「それは。」
「言わなくてよろしいですわ!」
また。
笑いが広がった。
◇
「昔から。」
「人気者じゃったからのう。」
ノービレが。
楽しそうに笑っている。
俺は。
ノービレを見る。
ドルチェを見る。
今朝のリムジン。
ホテルでの扱い。
「……まさか。」
ドルチェが。
にっこり笑った。
「こちら。」
「わたくしの祖父ですわ♪」
「やっぱりか。」
ノービレが。
声を上げて笑う。
「ようやく気づいたか!」
「最初から。」
「言ってくれればいいのに。」
「聞かれんかったからの♪」
リアルダが。
小さくため息をついた。
◇
料理も。
だいぶ減った頃。
ドルチェが。
俺を見る。
「隊長。」
「何だ。」
「このホテル。」
「気に入りました?」
「まあ。」
「すごいホテルだとは思う。」
ノービレまで。
なぜか。
こっちを見ている。
ドルチェが。
微笑む。
「ずっと。」
「ここに住めますのよ?」
「……。」
少し考えた。
「いや。」
「益田の宿舎でいい。」
「……。」
ドルチェが。
目を細める。
「そういう意味では。」
「ありませんわ〜。」
「じゃあ。」
「どういう意味だ?」
リアルダが。
少しだけ。
視線を逸らした。
ノービレは。
腹を抱えて笑っていた。
何なんだ。
◇
宴も。
そろそろ。
お開き。
オオタケが。
席を立つ。
「隊長。」
「今日は。」
「お疲れさまでした。」
「おう。」
「では。」
「私はこの辺で。」
「またな。」
オオタケが。
会場を出ていく。
俺も。
そろそろ。
部屋へ戻ろう。
そう思った時。
「隊長♪」
タケハラが。
やって来た。
「ん?」
「このあと。」
「みんなで二次会へ行くんですけど。」
にっこり。
「よろしければ。」
「ご一緒しませんか?」
「俺?」
「はい♪」
「……。」
今日は。
朝から。
色々ありすぎた。
「スマン。」
「俺。」
「酒が飲めないんだ。」
肩を回す。
「それに。」
「今日は疲れたし。」
「もう休みたい。」
「あら……。」
タケハラが。
ほんの一瞬。
残念そうな顔をした。
でも。
すぐ笑う。
「分かりました♪」
「お疲れですものね。」
「悪い。」
「いえいえ♪」
タケハラが。
仲間たちの方へ戻っていく。
◇
「レッド。」
今度は。
コン・ブリオだった。
「何だ?」
「このあと。」
「少し付き合わない?」
「……お前までか。」
「静かな店で。」
「少し話をしたいんだ。」
「酒は飲まなくていいよ。」
「……。」
親友に。
そう言われると。
断りづらい。
「長くならないか?」
「ならないよ。」
一拍。
「多分。」
「多分って。」
「ふふっ。」
俺は。
ため息をついた。
「分かった。」
「少しだけな。」
「ありがとう。」
コン・ブリオが。
嬉しそうに笑った。
そして。
仲間たちの方へ戻ろうとしていた。
タケハラへ。
声をかける。
「タケハラ。」
「はい?」
「君も。」
「一緒に来ない?」
「……!」
顔が。
一気に明るくなる。
「よろしいんですか?」
「もちろん。」
俺は。
タケハラを見る。
「君は。」
「他の仲間と。」
「二次会じゃないのか?」
「……。」
タケハラが。
すっと背筋を伸ばした。
右手を。
額へ。
ビシッ!
「軍団長の命令は。」
一拍。
「絶対であります!」
「ふふっ。」
コン・ブリオが笑う。
「命令してないけどね。」
「では。」
タケハラが。
にっこり笑う。
「軍団長からの。」
「ありがた〜いお誘いであります♪」
「さっきと違うぞ。」
「細かいことは。」
「気にしないでください♪」
そういうものなのか。
◇
「ウフフっ。」
後ろから。
聞き慣れた笑い声。
振り返る。
ドルチェが。
いつもの笑顔で。
立っていた。
「まあ。」
「楽しそうですこと。」
コン・ブリオが。
苦笑する。
「ドルチェ先輩。」
「あら。」
ドルチェが。
頬へ手を添える。
「わたくしも。」
一拍。
「同窓会に。」
「参加させてくださいませ♪」
「同窓会?」
俺は。
首を傾げる。
「ただ。」
「飲みに行くだけだぞ。」
「まあ♪」
ドルチェが。
さらに笑う。
「でしたら。」
「親睦会ということで。」
「わたくしも。」
「ご一緒いたしますわ♪」
「……。」
どうやら。
人数が増えるらしい。
◇
ドルチェが。
くるりと。
後ろを向く。
少し離れた場所。
リアルダが。
荷物をまとめていた。
「リアルダちゃん。」
「はい?」
「貴女も。」
「ご一緒しません?」
「私もですか?」
「ええ♪」
リアルダが。
こちらを見る。
俺。
コン・ブリオ。
ドルチェ。
そして。
俺の横にいる。
タケハラ。
「……。」
ほんの少し。
間があった。
「私は。」
「士官学校の卒業生ではありませんが。」
「まあ。」
ドルチェが。
にっこり笑う。
「でしたら。」
「特別参加ですわ♪」
「……。」
リアルダが。
もう一度。
こちらを見る。
「分かりました。」
「ご一緒します。」
「ウフフっ。」
なぜか。
ドルチェが。
とても満足そうだった。
◇
五人で。
ホテルを出る。
広島の夜。
店の灯り。
行き交う人。
昼間とは。
まるで違う街だった。
先頭。
コン・ブリオ。
その横。
ドルチェ。
俺の隣には。
タケハラ。
リアルダも。
すぐ近くを歩いている。
「隊長♪」
「ん?」
「益田へ行ったら。」
「色々。」
「教えてくださいね。」
「トランペットなら。」
「カンタービレに聞いたほうが。」
「細かいところまで。」
「教えてくれるぞ。」
「……。」
タケハラが。
じっと俺を見る。
「私。」
一拍。
「隊長に。」
「教わりたいんです♪」
「そうなのか?」
「そうなんです♪」
「なら。」
「時間があれば。」
「お願いします♪」
その時。
横から。
小さなため息。
「リアルダ?」
「はい。」
「疲れたか?」
「疲れていません。」
「そうか。」
妙に。
返事が早い。
前を歩く。
ドルチェの肩が。
小さく揺れていた。
「ドルチェ。」
「何で笑ってる?」
「ウフフっ。」
振り返る。
いつもの。
穏やかな笑顔。
「隊長には。」
一拍。
「まだ。」
「難しいお話ですわ〜♪」
「?」
俺には。
さっぱり。
分からなかった。
第115話『市街地対人訓練』
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