第98話『ホテル』
第98話『ホテル』
午後三時。
公用車は広島市内へ入り、一軒のホテルの車寄せへ滑り込んだ。
ザ・グランドリヴァージュ広島。
白い石造りの外壁。
大きなガラス窓。
噴水。
手入れの行き届いた植え込み。
俺は、しばらく建物を見上げた。
「おいおい……。」
「冗談だろ。」
隣でリアルダも立ち尽くしている。
「レッド様……。」
自分の制服を見下ろす。
「私たち、この格好で入って大丈夫なんですか?」
益田駐屯地から、そのまま来た。
どう考えても場違いだ。
なのに。
ドルチェだけは、いつも通りだった。
「心配いりませんわ〜。」
「……何でお前だけ余裕なんだ。」
「ウフフ♪」
情報武官が軽く会釈する。
「こちらです。」
◇
自動ドアが開いた。
ひんやりとした空気。
吹き抜けのロビー。
磨かれた床。
高い天井から下がるシャンデリア。
どこからか、静かなピアノの音が聞こえる。
リアルダが辺りを見回した。
「わぁ……。」
「前見て歩けよ。」
「は、はいっ。」
フロントへ向かう。
情報武官が宿泊名を告げた。
受付係が端末を操作する。
その手が。
ふと止まった。
「……。」
視線が、ドルチェへ向く。
「少々お待ちくださいませ。」
受付係が奥へ下がった。
しばらくして。
別のスタッフが現れる。
二人で何か話している。
さらに、もう一人。
リアルダが俺の袖をつまんだ。
「レッド様……。」
「何か問題でも?」
「分からん。」
ちらりと横を見る。
ドルチェは平然としていた。
その時。
スマートフォンが小さく震える。
ドルチェが画面を見る。
短く文字を打つ。
送信。
そして。
何事もなかったように、しまった。
「ウフフ♪」
「……。」
絶対に何か知ってる。
◇
数分後。
受付係が戻ってきた。
「お待たせいたしました。」
「お部屋の準備が整うまで、こちらでお待ちくださいませ。」
案内されたのは、ロビーラウンジだった。
ソファへ腰を下ろした瞬間。
「きゃっ!」
リアルダの身体が沈んだ。
「レッド様!」
「吸い込まれますー!」
「大袈裟だろ。」
俺も座る。
「……。」
沈む。
「本当だな。」
ドルチェが楽しそうに笑った。
「ウフフ♪」
間もなく。
コーヒーと小さな菓子が運ばれてくる。
俺は反射的に財布へ手をやった。
「……持ち合わせないぞ。」
「ウェルカムドリンクですわ。」
ドルチェが平然と言う。
「そういうものなのか。」
「そういうものですわ〜。」
本当にそうなのか。
分からなくなってきた。
◇
情報武官が立ち上がる。
「私は軍務へ戻ります。」
「軍団長も、用件を終え次第こちらへ来られるそうです。」
「分かった。」
「ご苦労さま。」
「では。」
敬礼。
情報武官がホテルを後にする。
入れ替わるように。
一人の男性が歩いてきた。
燕尾服。
白い手袋。
隙のない所作。
深く一礼する。
「ミヤジマと申します。」
「本日は、ようこそお越しくださいました。」
名刺を差し出された。
慌てて両手で受け取る。
「ど、どうも。」
「お部屋へご案内いたします。」
◇
連れて行かれたのは。
一般客の多いロビーとは少し離れた、静かなエレベーターホールだった。
リアルダが小声で囁く。
「レッド様。」
「やっぱり私たち、場違いだから別ルートなんでしょうか。」
「……あり得るな。」
「聞こえておりますわよ。」
ドルチェが笑っている。
エレベーターが上がる。
三階。
五階。
八階。
十階。
まだ止まらない。
「ずいぶん上だな。」
「広島って都会ですね……。」
「それ、関係あるか?」
やがて。
最上階。
扉が静かに開いた。
厚い絨毯。
大きな窓。
その向こうには、広島の街が広がっている。
ミヤジマさんが一室の前で止まった。
カードキーをかざす。
電子音。
扉が開いた。
「……。」
広いリビング。
応接セット。
ダイニング。
大きな窓。
その奥には、寝室が二つ。
俺は入口で止まった。
「おい。」
「これは、どういうことだ。」
リアルダも固まっている。
「レッド様……。」
「本当に、ここで合ってます?」
ミヤジマさんは穏やかに一礼した。
「間違いございません。」
そして。
ごく自然に言った。
「英雄の息子には、相応しいお部屋と申しつかっております。」
「……英雄?」
聞き返す。
だが。
ミヤジマさんは答えなかった。
ほんの一瞬だけ。
ドルチェを見る。
ドルチェも。
小さく微笑んだ。
「ウフフ♪」
「……。」
やっぱり。
何かある。
「御用の際は、室内のコールボタンでお申し付けくださいませ。」
深く一礼。
扉が閉まった。
◇
静寂。
俺とリアルダは顔を見合わせる。
「……。」
「……。」
そして。
同時にドルチェを見る。
「何ですの?」
にっこり笑っている。
何が起きているのか。
俺たちには。
さっぱり分からなかった。
第99話『スイートルーム』
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