第52話『津和野』
第52話『津和野』
津和野駅前を抜ける。
白壁の町並み。
軒先には風鈴。
細い水路では錦鯉がゆっくり尾を揺らしていた。
時間だけが、この町では少しゆっくり流れているようだった。
「隊長。」
助手席のリアルダが地図を閉じる。
「先に奉納品を購入しましょう。」
「そうだな。」
油揚げだけで十分だと思っていた。
ところが。
「それでは足りません。」
「え?」
「子どもが好きそうなお菓子も必要です。」
リアルダは真剣だった。
「名代様は子分が多いそうです。」
「なるほど。」
確かに、その通りかもしれない。
「スーパーがありますわ。」
ドルチェが指差した。
地元の小さなスーパーだった。
◇
「隊長は車で休んでいてください。」
カンタービレ軍曹が言う。
「荷物持ちは私たちがします。」
「悪いな。」
俺は車を降りずに待つことにした。
窓を開ける。
川のせせらぎ。
遠くで踏切が鳴る。
夏の風が心地よかった。
◇
「うまい棒、全種類あるっス!」
スタッカートが目を輝かせた。
「焼きとうもろこし味……。」
「初めて見ました。」
ペザンテが真剣な顔で手に取る。
「隊長にも買うっス!」
「糖分は疲労回復に有効です。」
珍しくペザンテが賛成した。
「隊長は何でも喜びます!」
エネルジコは次々とかごへ放り込む。
「それでは予算を超えますわ。」
ドルチェが慌てて止める。
その後ろで。
リアルダだけは買い物かごを見つめていた。
「……。」
違和感。
すぐ近く。
和服姿の美しい女性。
黒いスーツ姿の男性が二人。
観光客だろうか。
女性は静かに微笑みながら和菓子を選んでいる。
その姿に。
「……。」
スタッカートが固まった。
「す、すげぇ美人っス……。」
「絵画のようです。」
ペザンテがぽつりと呟く。
「モデルさんでしょうか!」
エネルジコまで見惚れている。
ドルチェが呆れたようにため息をつく。
「皆様。」
「少しは任務を思い出してくださいませ。」
しかし。
リアルダは違うものを見ていた。
黒服の男たち。
二人とも。
駄菓子コーナーへ一直線だった。
「こちらも。」
「全部ください。」
うまい棒。
キャベツ太郎。
ベビースター。
ふ菓子。
ラムネ。
かごが、あっという間に山になった。
「……。」
リアルダは首を傾げる。
大人三人。
しかも、高級和菓子と駄菓子を同時に大量購入。
妙だった。
女性が静かに口を開く。
「依り代の子らが喜びますもの。」
近習が深く頷く。
「不足はございません。」
依り代。
聞き慣れない言葉だった。
リアルダの視線が細くなる。
(一般の観光客ではありません。)
その時だった。
女性がこちらを見る。
目が合った。
一瞬だけ。
柔らかく微笑む。
「こんにちは。」
ただ、それだけ。
リアルダも自然に頭を下げた。
「こんにちは。」
すれ違う。
何事もなく。
まるで旅先で出会っただけの人同士のように。
◇
店を出る。
「いやぁ、美人だったっス!」
スタッカートはまだ頬が緩んでいる。
「隊長に報告しなきゃ。」
「何をです?」
「津和野、美人指数百点っス!」
「報告事項として不採用です。」
リアルダが即答した。
「えぇー!」
笑い声が響く。
その後ろ。
スーパーのガラス越しに。
和服姿の女性がこちらを見送っていた。
その隣で。
黒服の男たちは、駄菓子の箱を両腕いっぱい抱えている。
女性は小さく笑う。
「運動会というものは……。」
「実に楽しそうですこと。」
誰にも聞こえないほど、小さな声だった。
風鈴が一つ鳴る。
夏の風が、静かに町を吹き抜けていった。
第53話『盟約』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog69.html
ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html
