第52話『津和野』

第52話『津和野』


津和野駅前を抜ける。

白壁の町並み。

軒先には風鈴。

細い水路では錦鯉がゆっくり尾を揺らしていた。

時間だけが、この町では少しゆっくり流れているようだった。

「隊長。」

助手席のリアルダが地図を閉じる。

「先に奉納品を購入しましょう。」

「そうだな。」

油揚げだけで十分だと思っていた。

ところが。

「それでは足りません。」

「え?」

「子どもが好きそうなお菓子も必要です。」

リアルダは真剣だった。

「名代様は子分が多いそうです。」

「なるほど。」

確かに、その通りかもしれない。

「スーパーがありますわ。」

ドルチェが指差した。

地元の小さなスーパーだった。



「隊長は車で休んでいてください。」

カンタービレ軍曹が言う。

「荷物持ちは私たちがします。」

「悪いな。」

俺は車を降りずに待つことにした。

窓を開ける。

川のせせらぎ。

遠くで踏切が鳴る。

夏の風が心地よかった。



「うまい棒、全種類あるっス!」

スタッカートが目を輝かせた。

「焼きとうもろこし味……。」

「初めて見ました。」

ペザンテが真剣な顔で手に取る。

「隊長にも買うっス!」

「糖分は疲労回復に有効です。」

珍しくペザンテが賛成した。

「隊長は何でも喜びます!」

エネルジコは次々とかごへ放り込む。

「それでは予算を超えますわ。」

ドルチェが慌てて止める。

その後ろで。

リアルダだけは買い物かごを見つめていた。

「……。」

違和感。

すぐ近く。

和服姿の美しい女性。

黒いスーツ姿の男性が二人。

観光客だろうか。

女性は静かに微笑みながら和菓子を選んでいる。

その姿に。

「……。」

スタッカートが固まった。

「す、すげぇ美人っス……。」

「絵画のようです。」

ペザンテがぽつりと呟く。

「モデルさんでしょうか!」

エネルジコまで見惚れている。

ドルチェが呆れたようにため息をつく。

「皆様。」

「少しは任務を思い出してくださいませ。」

しかし。

リアルダは違うものを見ていた。

黒服の男たち。

二人とも。

駄菓子コーナーへ一直線だった。

「こちらも。」

「全部ください。」

うまい棒。

キャベツ太郎。

ベビースター。

ふ菓子。

ラムネ。

かごが、あっという間に山になった。

「……。」

リアルダは首を傾げる。

大人三人。

しかも、高級和菓子と駄菓子を同時に大量購入。

妙だった。

女性が静かに口を開く。

「依り代の子らが喜びますもの。」

近習が深く頷く。

「不足はございません。」

依り代。

聞き慣れない言葉だった。

リアルダの視線が細くなる。

(一般の観光客ではありません。)

その時だった。

女性がこちらを見る。

目が合った。

一瞬だけ。

柔らかく微笑む。

「こんにちは。」

ただ、それだけ。

リアルダも自然に頭を下げた。

「こんにちは。」

すれ違う。

何事もなく。

まるで旅先で出会っただけの人同士のように。



店を出る。

「いやぁ、美人だったっス!」

スタッカートはまだ頬が緩んでいる。

「隊長に報告しなきゃ。」

「何をです?」

「津和野、美人指数百点っス!」

「報告事項として不採用です。」

リアルダが即答した。

「えぇー!」

笑い声が響く。

その後ろ。

スーパーのガラス越しに。

和服姿の女性がこちらを見送っていた。

その隣で。

黒服の男たちは、駄菓子の箱を両腕いっぱい抱えている。

女性は小さく笑う。

「運動会というものは……。」

「実に楽しそうですこと。」

誰にも聞こえないほど、小さな声だった。

風鈴が一つ鳴る。

夏の風が、静かに町を吹き抜けていった。


第53話『盟約』
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2026年07月04日