第39話『山陰の守護神』

第39話『山陰の守護神』


「ワハハハハハハハ!!」

「お前たち若造ども!」

「まだ運動会の途中じゃ!」

「勝手に閉幕するでないわ!」

豪快な少女の声が、益田小学校の運動場いっぱいへ響き渡った。

その一声だけで。

薄れかけていた俺の意識が強引に現実へ引き戻される。

士官学校で叩き込まれた戦況把握が、反射的に働く。

敵軍交戦中。

味方被害、甚大。

戦闘継続、極めて困難。

――そして。

腹の底まで響く重低音が、戦場全体を包み込んだ。

ドォォォォォン……

攻撃ではない。

崩れかけていた音響防壁を、

巨大な和音が優しく包み込む。

「防壁、再構築じゃ!」

「重奏防壁兵隊!」

「ワシに合わせい!」

チューバ隊。

打楽器隊。

重低音が重なる。

崩れかけていた防壁が、

巨大な城壁のように立ち上がった。

「重奏歩兵隊!」

「前へ出よ!」

トロンボーン。

ホルン。

ユーフォニアム。

疲弊し切っていた中音域部隊が、

再び歩調を合わせる。

「軽奏歩兵隊!」

「防壁に合わせて撃て!」

フルート。

クラリネット。

散開していた前衛が、

規則正しく弾幕を張り始める。

「遊撃隊!」

「敵指揮官から目を離すでない!」

俺たちトランペット隊にも新たな役割が与えられる。

崩れかけていた約二百名が。

再び一つの軍団となって動き始めた。

『大編成会戦(シンフォニック・レギオン)』

その中心に立っていたのは――。

「あれ……?」

思わず目をこすった。

「チューバより小さい女の子が……。」

「自分より大きいチューバ担いでる……。」

次の瞬間。

「誰が小さい女の子じゃああぁぁーーーっ!!」

ドゴォォォォォォン!!

超低音が炸裂する。

重低音が敵前衛を飲み込み、

蜘蛛紋章の兵たちがまとめて宙を舞った。

「なのだーーーっ!!」

「前衛が吹き飛ぶのだーー!」

防壁を立て直しながら。

同時に前線まで押し返す。

俺は呆然とした。

「これが……。」

「上級音術師……。」

だが。

なぜか。

俺まで吹き飛んだ。

「うわぁぁぁ!」

「きゃああぁぁ!」

リアルダも一緒だった。

「レッド様ぁぁぁ!」

「巻き添えですーーー!」

二人揃って泥の上を転がる。

「す、すまん!」

少女は豪快に笑った。

「ちぃと力加減を間違えたわ!」

豪快だった。

笑い方まで豪快だった。

その時。

「キャハハハハ!」

紫色の小さな影が、

防壁を軽々と飛び越えた。

「たのしーコン!」

「もっと遊ぶコン!」

敵前衛へ飛び込む。

戦闘員を抱えて放り投げる。

蜘蛛糸を引っ張る。

副官の横を駆け抜ける。

勢い余って。

防衛隊の防壁兵まで吹き飛ばした。

「防壁が崩れる!」

「きゃーーっ!」

「キャハハハ!」

「もう一回コン!」

グランが絶叫する。

「カプリッチョ!」

「ワシの防壁から外へ出るな!」

「わかったコン!」

元気よく返事をした。

俺は少し安心する。

……しかし。

次の瞬間。

「もっと遊ぶコン!」

敵本陣へ一直線だった。

「だから聞いとらんではないかぁぁぁーーーっ!!」

「ワシは敵を吹き飛ばしたいんじゃ!」

「お前を吹き飛ばしたい訳ではないわ!」

ドゴォォォォォォン!!

超低音が再び炸裂する。

カプリッチョを止めようとした一撃で。

敵も。

味方も。

まとめて吹き飛んだ。

「うわぁぁぁ!」

「またですーーー!」

俺とリアルダは。

本日二度目の巻き添えだった。



敵本陣。

アラクネは額へ手を当てた。

「……最悪だわ。」

カリストスが静かに周囲を見渡す。

「隊長。」

「右翼、統制不能です。」

メリッサも苦笑する。

「左翼も同様です。」

「接触回避を提案します。」

アラクネは奥歯を噛み締めた。

「あの理不尽婆さんだけでも厄介なのに……。」

「よりにもよって。」

「あの暴走ギツネまで来たじゃない!」

メリッサが小さくため息をつく。

「……外交問題ですね。」

カリストスも頷いた。

「津和野大明神との盟約。」

「刺激する理由はありません。」

そこへ若い戦闘員が叫ぶ。

「倒しちゃえばいいのだ!」

その瞬間。

アラクネの顔色が変わる。

「馬鹿っ!」

「絶対に手を出すんじゃないわ!」

「傷一つ付けたらどうなると思ってるの!」

「津和野大明神様と、お姉様の不可侵条約が吹き飛ぶのよ!」

戦闘員たちが一斉に青ざめる。

「外交問題なのだ……。」

「だから言ってるでしょう!」

アラクネは頭を抱えた。

「勝ち負けじゃないの!」

「あの暴走ギツネが戦場にいる限り……。」

「レギオンが維持できないのよーーーっ!!」

その頃。

当の本人は。

「キャハハハハ!」

「もっと遊ぶコン!」

敵も味方も関係なく、

運動場を楽しそうに駆け回っていた。

その笑い声だけが、

運動会の空へ、

どこまでも明るく響いていた。


第40話『暴走ギツネ』
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2026年07月04日