第42話『平和』
第42話『平和』
二人で並んで校門を出る。
夕日に照らされた益田の町並み。
遠くには高津川が穏やかに流れ、赤く染まった山並みが静かに街を包んでいた。
どこかの家からは、夕飯の匂いが風に乗って漂ってくる。
戦場だった運動場から、ほんの数百メートル歩いただけ。
そこには、いつもと変わらない夕暮れがあった。
「……平和ですね。」
リアルダが小さく呟く。
「うん。」
俺は夕焼けを見上げた。
さっきまで命を懸けて戦っていた場所とは思えないほど、美しい空だった。
しばらく無言で歩く。
風が二人の間を通り抜ける。
ふと思い出して、俺は隣を見た。
「そういえば。」
「はい?」
「リアルダ、大丈夫?」
「え?」
「グラン閣下に、一緒に吹き飛ばされてただろ。」
リアルダは少し驚いたように目を丸くした。
それから、くすっと笑う。
「私は大丈夫です。」
「情報士も最低限の戦闘訓練は受けていますから。」
「そっか。」
胸をなで下ろす。
「無事でよかった。」
その一言に、リアルダは少しだけ頬を緩めた。
「ありがとうございます、レッド様。」
少し照れくさくなって、頭をぽりぽりと掻く。
「あの時さ。」
「グラン閣下が言ってたんだ。」
「『レディには手加減している』って。」
「だから、あれでも手加減だったらしい。」
リアルダは一瞬だけ目をぱちくりさせた。
「……レディ。」
小さくその言葉を繰り返す。
そして、ふわりと微笑んだ。
「私、レディ扱いされたんですね。」
「え?」
「ちょっと嬉しいです♪」
思わず聞き返す。
「嬉しいの?」
「はい。」
リアルダは照れくさそうに笑う。
「音術師様は国家の財産ですけど……。」
「女の子は、いくつになっても『レディ』って呼ばれると、少し嬉しいものなんですよ♪」
「そういうものなのか。」
「そういうものです。」
彼女は嬉しそうに頷く。
その笑顔を見ていると、不思議と俺まで笑顔になってしまう。
「でも。」
リアルダは悪戯っぽく人差し指を立てた。
「レッド様は、これから女性に年齢を聞かないようにしてくださいね。」
「もう二度と聞かない。」
即答だった。
「賢明なご判断です。」
二人で顔を見合わせて笑う。
夕風が街路樹を揺らし、葉がさらさらと音を立てた。
リアルダは情報端末を閉じる。
さっきまでの柔らかな表情から一転して、情報士の顔に戻った。
「本部より連絡です。」
「会戦終了を確認。」
「山陰西部方面第一軍団は、益田駐屯地へ帰投します。」
俺は静かに頷く。
「了解。」
「なお、本日の夕食は――」
そこで、リアルダは少しだけ口元を緩めた。
「駅前焼肉『山牛』。」
「歓迎会兼、祝勝会だそうです。」
「……焼肉?」
「はい。」
「焼肉です。」
俺は思わず空を見上げた。
「いや……今日はもう動けないんだけど……。」
リアルダは、その反応を待っていたように笑う。
「そう言うと思いました。」
「マエストロ様から伝言を預かっています。」
そう言うと、軽く咳払いを一つ。
少し低い声を作って、本人の真似をする。
『レッド君。』
『戦争映画の主人公は、戦いが終わったら酒場へ行く。』
『これは命令だ。』
『来なかったら、お前の歓迎会で余った肉は全部俺が食べる。』
俺は思わず吹き出した。
「なんだよ、それ。」
「完全に脅しじゃないか。」
リアルダも肩を震わせながら笑う。
「マエストロ様らしいですね。」
俺も笑った。
さっきまで命を懸けて戦っていたとは思えないほど、穏やかな笑いだった。
夕焼けに包まれた町では、今日も誰かの夕飯が湯気を立てている。
その当たり前の景色を守れたことが、何より嬉しかった。
第43話『生きて帰れた日』
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