第131話『二つの名代』
第131話『二つの名代』
カナカナカナ――。
ジリジリジリ――。
ミーン、ミンミンミンミー……。
夏の山。
蝉の声と、木々を渡る風。
森の息吹を感じながら、三体の怪人が参道を歩いていた。
先頭を歩くのは、巫女姿の女。
その後ろには。
全身に炎をまとった、馬のような怪人。
そして。
提灯の姿をした怪人。
巫女姿の女が、ふと足を止めた。
「ちょっと待って」
ガサガサ――。
茂みが揺れる。
三体が身構えた。
「……」
目の前に。
小柄な少女が立っていた。
頭には、キツネのお面。
カプリッチョ。
「お前達」
少女が三体を見回す。
「何の用だコン?」
巫女姿の女が、静かに頭を下げた。
「名代様」
「我々、少しの間」
「こちらへ留まりとうございます」
「ふーん」
カプリッチョが目を細める。
「ささっ、こちらを」
炎をまとった馬の怪人が、一歩前へ出た。
菓子折りを差し出す。
「山に火気は厳禁だコン!」
「……」
馬の怪人が、自分の身体を見る。
「これは怨念の火にございます」
「ご迷惑はおかけいたしません」
「なら、いいコン」
「……」
カプリッチョは、あっさり菓子折りを受け取った。
包みを開く。
一つ。
口へ放り込む。
もぐもぐ。
「……」
「源氏巻と同じ味がするコン」
提灯の怪人が答えた。
「もみじ饅頭というものにございます」
「ほー」
もう一つ。
もぐもぐ。
「ウチは子分が多いけん」
巫女姿の女が、小さく笑った。
「童達の分はこちらに」
大きな袋を差し出す。
中には。
色とりどりの駄菓子。
「!」
カプリッチョの目が輝いた。
「さっすが!」
その瞬間――。
風が。
止まった。
「……」
カナカナと鳴いていた蝉の声も。
木々のざわめきも。
消えた。
森が。
静まり返る。
カプリッチョの顔から、笑みが消えた。
三体も姿勢を正す。
少女が、静かに口を開く。
「――これは」
一拍。
「津和野大明神様のお言葉だ」
空気が変わる。
「津和野を荒らすな」
「……」
「子供達から笑顔を奪うな」
杉木立の間を。
風が、一本。
通り抜けた。
巫女姿の女が、深く頭を下げる。
「ご配慮に感謝いたします」
馬の怪人。
提灯の怪人。
二体も続いて頭を下げた。
「心得ました」
「必ず」
「……うむ」
カプリッチョが頷く。
しばしの静寂。
そして。
「……よし!」
両腕を、大きく伸ばした。
「お仕事終わりっ!」
「ではなー、だコン!」
少女の姿が、森の中へ消えていった。
「……」
カナカナカナ――。
ジリジリジリ――。
止まっていた森の息吹が。
ゆっくりと戻ってきた。
◇
カラン――。
グラスの中で、氷が鳴った。
薄暗い店内。
益田駅の路地裏。
バー・レギオン。
巫女姿の女が、店内を見回す。
「雰囲気のあるバーですね」
カウンターの向こう。
栗色の髪。
エキゾチックな顔立ちの女性が。
静かにグラスを磨いていた。
「ウフフっ」
アラクネが微笑む。
「それで?」
「何の御用かしら」
提灯の怪人が、一歩前へ出た。
「我々に」
「加勢をしてくださらんか?」
「……」
返事はない。
アラクネは。
黙ったままグラスを磨いている。
カラン――。
氷の音。
馬の怪人が口を開く。
「我が主と土蜘蛛様は」
「盟約を結んでおります」
「……」
「此度も、その縁を――」
「お姉様からは」
アラクネが遮った。
「山陰はそちに任す、と言われていますの」
「……」
沈黙。
アラクネは。
磨いていたグラスを置いた。
巫女姿の女を見る。
「それに」
微笑みが消えた。
「私……」
一拍。
「貴方達のやり方、気に入らないの」
馬の怪人と提灯の怪人が身構える。
巫女姿の女だけは。
動かなかった。
しばらく。
アラクネを見つめる。
そして。
「でしたら――」
口元に。
小さな笑み。
「我々と遊んでいただけますか?」
「……」
空気が張り詰めた。
「ちょっ――!」
メリッサが声を上げる。
アラクネが目を細めた。
「どうぞ」
静かに。
「お好きなように」
馬。
提灯。
二体が、さらに身構える。
「とっ、とりあえず!」
メリッサが慌てて、二人の間へ入った。
「我々は静観ということで!」
「ねっ、司令官!」
「……」
カリストスも一歩前へ出る。
「使い殿」
巫女姿の女を見る。
「広島の会戦での皆さんの殿――」
一礼する。
「実に見事でした」
「……」
巫女姿の女が。
カリストスを見る。
「……感謝します」
アラクネは。
何も言わない。
カリストスも。
それ以上は続けなかった。
再び。
カラン――。
アラクネがグラスを手に取る。
「貴方達の想いは深い」
巫女姿の女を見る。
「私の想いも深い」
「……」
「だからこそ」
アラクネは。
静かに微笑んだ。
「想いは」
一拍。
「押し付けるものじゃありませんわ」
カラン――。
グラスの中で。
氷が鳴った。
第132話『ピピ?』
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