第117話『同じ目線』
第117話『同じ目線』
「少し。」
ドルチェは。
グラスを見つめたまま。
微笑んだ。
「昔のお話を。」
「いたしましょうか。」
店内には。
静かな音楽。
誰も。
急かさなかった。
◇
「わたくし。」
「昔は。」
「フルートの音術師でしたの。」
タケハラが。
少し身を乗り出す。
「初級使いだったんですよね?」
「ええ。」
「益田の。」
「フルート隊におりましたわ。」
「じゃあ。」
俺は聞く。
「最初から。」
「トランペット遊撃隊にいたわけじゃないんだな。」
「ええ。」
ドルチェが。
小さく頷く。
「でも。」
「会議や合同訓練。」
「出動先では。」
「よく。」
「トランペット遊撃隊の方々と。」
「ご一緒しておりましたの。」
一拍。
「その中に。」
声が。
少しだけ。
柔らかくなった。
「とても。」
「大切な方が。」
「おりましたわ。」
◇
誰も。
名前を聞かなかった。
ドルチェも。
言わなかった。
リアルダが。
静かに尋ねる。
「その方も。」
「音術師様だったのですか?」
「ええ。」
ドルチェは。
懐かしそうに笑う。
「第一トランペット遊撃隊の。」
「隊長でしたの。」
俺の手が。
止まった。
第一トランペット遊撃隊。
今。
俺が率いている隊だ。
「……そうだったのか。」
「ウフフっ。」
「隊長が赴任される。」
「ずっと前のお話ですわ。」
◇
ドルチェは。
グラスを傾ける。
氷が。
静かに動いた。
「あの人は。」
「いつも。」
「自分の隊のお話を。」
「しておりましたの。」
「部下がどうした。」
「訓練がどうした。」
「今日は誰が。」
「いい音を出した。」
ドルチェが。
少しだけ笑う。
「わたくし。」
「時々。」
「妬けましたのよ?」
タケハラが。
くすっと笑った。
「隊員さんに?」
「遊撃隊にですわ♪」
「まあ。」
「それは強敵ですねー。」
「でしょう?」
ドルチェも。
笑った。
その笑顔が。
やがて。
静かになる。
◇
「あの日も。」
「あの人は。」
「出動でしたの。」
一拍。
ドルチェの指が。
グラスの縁で止まる。
「そして。」
もう一拍。
「あの人は。」
「帰ってきませんでしたの。」
誰も。
何も言わなかった。
俺も。
グラスを持ったまま。
動けなかった。
ドルチェは。
泣いていない。
ただ。
遠いものを見るように。
微笑んでいた。
◇
「しばらくして。」
「わたくし。」
「フルートを辞めましたの。」
リアルダが。
わずかに目を見開く。
「それで。」
「トランペットへ?」
「ええ。」
タケハラが。
少し迷ってから。
口を開いた。
「でも。」
「音術師から。」
「音響士への転科って……。」
その先を。
言わなかった。
ドルチェは。
分かっていたように。
頷いた。
「降格ですわね。」
「……。」
「周りにも。」
「止められましたわ。」
「せっかく。」
「初級まで上がったのに。」
「もったいない。」
「もう一度。」
「考えなさいって。」
コン・ブリオが。
静かに言う。
「それでも。」
「先輩は決めたんですね。」
「ええ。」
迷いのない。
返事だった。
◇
俺は。
聞いた。
「どうして。」
「そこまでして。」
「トランペットだったんだ?」
ドルチェは。
すぐには。
答えなかった。
グラスの中。
小さな氷を。
見つめている。
やがて。
口を開いた。
「あの人が。」
「育てて。」
一拍。
「あの人が。」
「愛した。」
「トランペット遊撃隊で。」
俺を見る。
「今度は。」
「わたくしも。」
ほんの少し。
微笑んだ。
「あの人と。」
「同じ目線で。」
「生きてみたかったんですの。」
◇
店内の音楽だけが。
遠くに聞こえる。
リアルダが。
ぽつりと呟いた。
「恋人との。」
「想い出を。」
「守るため……。」
ドルチェが。
ゆっくり。
首を横へ振る。
「少し。」
「違いますわ。」
「え?」
「想い出の中で。」
「生きたいわけでは。」
「ありませんの。」
グラスから。
手を離す。
「今も。」
一拍。
「あの人と一緒に。」
「生きているつもりですわ。」
◇
タケハラは。
黙っていた。
コン・ブリオも。
何も言わない。
俺にも。
うまく言葉には。
できなかった。
でも。
ドルチェが。
あの人のいた遊撃隊で。
今も笑っている。
それだけで。
少し。
分かる気がした。
◇
「……隊長?」
ドルチェが。
俺を見る。
「何だ?」
「ずいぶん。」
「難しいお顔を。」
「してますわよ?」
「そうか?」
「ウフフっ。」
いつもの。
ドルチェだった。
タケハラも。
ようやく。
小さく息を吐く。
「ドルチェさん。」
「はい?」
「格好いいですね。」
「あら。」
「ありがとうございます♪」
「私なら。」
「そんな決断。」
「できるかな……。」
ドルチェは。
少し考えた。
「しなくても。」
「よろしいんですのよ。」
「え?」
「人それぞれ。」
「立っている場所は。」
「違いますもの。」
タケハラが。
静かに頷いた。
◇
そして。
ドルチェの視線が。
隣へ動く。
「ところで。」
「リアルダちゃん。」
「はい?」
リアルダが。
顔を上げる。
「わたくしのお話は。」
「これくらいにして。」
ドルチェが。
いつもの笑顔を浮かべた。
「今度は。」
「貴女のお話を。」
「聞いてみたいですわ。」
「私の?」
「ええ。」
少しだけ。
首を傾げる。
「リアルダちゃんは。」
一拍。
「どうして。」
「山陰へいらしたんですの?」
「……。」
リアルダの手が。
膝の上で。
静かに止まった。
第118話『明日』
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