第117話『同じ目線』

第117話『同じ目線』


「少し。」

ドルチェは。

グラスを見つめたまま。

微笑んだ。

「昔のお話を。」

「いたしましょうか。」

店内には。

静かな音楽。

誰も。

急かさなかった。



「わたくし。」

「昔は。」

「フルートの音術師でしたの。」

タケハラが。

少し身を乗り出す。

「初級使いだったんですよね?」

「ええ。」

「益田の。」

「フルート隊におりましたわ。」

「じゃあ。」

俺は聞く。

「最初から。」

「トランペット遊撃隊にいたわけじゃないんだな。」

「ええ。」

ドルチェが。

小さく頷く。

「でも。」

「会議や合同訓練。」

「出動先では。」

「よく。」

「トランペット遊撃隊の方々と。」

「ご一緒しておりましたの。」

一拍。

「その中に。」

声が。

少しだけ。

柔らかくなった。

「とても。」

「大切な方が。」

「おりましたわ。」



誰も。

名前を聞かなかった。

ドルチェも。

言わなかった。

リアルダが。

静かに尋ねる。

「その方も。」

「音術師様だったのですか?」

「ええ。」

ドルチェは。

懐かしそうに笑う。

「第一トランペット遊撃隊の。」

「隊長でしたの。」

俺の手が。

止まった。

第一トランペット遊撃隊。

今。

俺が率いている隊だ。

「……そうだったのか。」

「ウフフっ。」

「隊長が赴任される。」

「ずっと前のお話ですわ。」



ドルチェは。

グラスを傾ける。

氷が。

静かに動いた。

「あの人は。」

「いつも。」

「自分の隊のお話を。」

「しておりましたの。」

「部下がどうした。」

「訓練がどうした。」

「今日は誰が。」

「いい音を出した。」

ドルチェが。

少しだけ笑う。

「わたくし。」

「時々。」

「妬けましたのよ?」

タケハラが。

くすっと笑った。

「隊員さんに?」

「遊撃隊にですわ♪」

「まあ。」

「それは強敵ですねー。」

「でしょう?」

ドルチェも。

笑った。

その笑顔が。

やがて。

静かになる。



「あの日も。」

「あの人は。」

「出動でしたの。」

一拍。

ドルチェの指が。

グラスの縁で止まる。

「そして。」

もう一拍。

「あの人は。」

「帰ってきませんでしたの。」

誰も。

何も言わなかった。

俺も。

グラスを持ったまま。

動けなかった。

ドルチェは。

泣いていない。

ただ。

遠いものを見るように。

微笑んでいた。



「しばらくして。」

「わたくし。」

「フルートを辞めましたの。」

リアルダが。

わずかに目を見開く。

「それで。」

「トランペットへ?」

「ええ。」

タケハラが。

少し迷ってから。

口を開いた。

「でも。」

「音術師から。」

「音響士への転科って……。」

その先を。

言わなかった。

ドルチェは。

分かっていたように。

頷いた。

「降格ですわね。」

「……。」

「周りにも。」

「止められましたわ。」

「せっかく。」

「初級まで上がったのに。」

「もったいない。」

「もう一度。」

「考えなさいって。」

コン・ブリオが。

静かに言う。

「それでも。」

「先輩は決めたんですね。」

「ええ。」

迷いのない。

返事だった。



俺は。

聞いた。

「どうして。」

「そこまでして。」

「トランペットだったんだ?」

ドルチェは。

すぐには。

答えなかった。

グラスの中。

小さな氷を。

見つめている。

やがて。

口を開いた。

「あの人が。」

「育てて。」

一拍。

「あの人が。」

「愛した。」

「トランペット遊撃隊で。」

俺を見る。

「今度は。」

「わたくしも。」

ほんの少し。

微笑んだ。

「あの人と。」

「同じ目線で。」

「生きてみたかったんですの。」



店内の音楽だけが。

遠くに聞こえる。

リアルダが。

ぽつりと呟いた。

「恋人との。」

「想い出を。」

「守るため……。」

ドルチェが。

ゆっくり。

首を横へ振る。

「少し。」

「違いますわ。」

「え?」

「想い出の中で。」

「生きたいわけでは。」

「ありませんの。」

グラスから。

手を離す。

「今も。」

一拍。

「あの人と一緒に。」

「生きているつもりですわ。」



タケハラは。

黙っていた。

コン・ブリオも。

何も言わない。

俺にも。

うまく言葉には。

できなかった。

でも。

ドルチェが。

あの人のいた遊撃隊で。

今も笑っている。

それだけで。

少し。

分かる気がした。



「……隊長?」

ドルチェが。

俺を見る。

「何だ?」

「ずいぶん。」

「難しいお顔を。」

「してますわよ?」

「そうか?」

「ウフフっ。」

いつもの。

ドルチェだった。

タケハラも。

ようやく。

小さく息を吐く。

「ドルチェさん。」

「はい?」

「格好いいですね。」

「あら。」

「ありがとうございます♪」

「私なら。」

「そんな決断。」

「できるかな……。」

ドルチェは。

少し考えた。

「しなくても。」

「よろしいんですのよ。」

「え?」

「人それぞれ。」

「立っている場所は。」

「違いますもの。」

タケハラが。

静かに頷いた。



そして。

ドルチェの視線が。

隣へ動く。

「ところで。」

「リアルダちゃん。」

「はい?」

リアルダが。

顔を上げる。

「わたくしのお話は。」

「これくらいにして。」

ドルチェが。

いつもの笑顔を浮かべた。

「今度は。」

「貴女のお話を。」

「聞いてみたいですわ。」

「私の?」

「ええ。」

少しだけ。

首を傾げる。

「リアルダちゃんは。」

一拍。

「どうして。」

「山陰へいらしたんですの?」

「……。」

リアルダの手が。

膝の上で。

静かに止まった。


第118話『明日』
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2026年08月18日