第89話『生きて帰るまでが遠足』
第89話『生きて帰るまでが遠足』
秋芳洞には、静けさが戻っていた。
さっきまでの戦いが嘘のように、
水滴の音だけが響いている。
俺たちは帽子を取り、
秋芳洞へ静かに一礼した。
◇
ナガト軍団長が歩み寄り、
深く頭を下げる。
「山陰支部の皆さん、本当にありがとうございました。」
グラン閣下は小さく頷いた。
「還っただけじゃ。」
その一言だけだった。
ナガト軍団長も帽子を取り、
静かに頭を下げた。
◇
洞窟の入口では、
地元採用の音響士と、
地元ボランティアの音響団の皆さんが静かに並んでいた。
「ミズチ様。」
「また祭りの頃に会いましょう。」
誰も涙は流さない。
それが、この土地の別れ方なのだろう。
俺も帽子を取り、
ゆっくりと頭を下げた。
子どもの頃、
母さんと歩いた景色は、
あの日のまま、
そこにあった。
◇
「隊長!」
アクセントが勢いよく手を挙げる。
「腹減りました!」
「もう我慢できません!」
スタッカートが笑う。
「ペザンテなんか、さっきから唐揚げのこと考えてるっス。」
「……否定しない。」
ペザンテが静かに頷く。
ブリランテが吹き出した。
「帰りましょう、隊長様!」
張り詰めていた空気が、
ようやくいつもの山陰支部へ戻っていく。
◇
グラン閣下が立ち止まった。
「美祢には、うまい唐揚げ屋がある。」
隊員たちが一斉に振り向く。
「えっ!?」
「やまむらじゃ。」
少し間を置いて、
「今日はワシのおごりじゃ。」
アクセントが飛び上がる。
「やったーーっス!」
スタッカートも拳を突き上げる。
「最高っス!」
ブリランテは満面の笑みで敬礼した。
「ありがとうございます、閣下!」
ペザンテは一言。
「……唐揚げ。」
リアルダも思わず微笑む。
グラン閣下は照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「フンっ。」
◇
車へ向かって歩いていると、
リアルダがぽつりとつぶやいた。
「グラン様。」
「え?」
「最後に私たちを吹き飛ばした場所。」
「レッド様が撃つ場所だったんですね。」
俺は思わず、
グラン閣下の小さな背中を見る。
リアルダは静かに続けた。
「私たちが着地した位置からしか、
あの反響経路は見えませんでした。」
「最初から、
あそこへ落とすつもりだったんです。」
あの一撃も。
偶然じゃなかった。
グラン閣下はこちらを一瞥する。
「フンっ。」
それだけだった。
その後ろ姿からのぞく耳は、
少しだけ赤かった。
思わず笑ってしまう。
本当に、
敵わない。
◇
車へ乗り込む直前。
グラン閣下が前を向いたまま言った。
「生きて帰るまでが遠足じゃ。」
「はい!」
俺たちは三台の車へ乗り込み、
秋芳洞をあとにした。
帰り道は、
きっと唐揚げの話で盛り上がる。
そんな気がした。
― 秋芳洞ミズチ編・完 ―
第90話『帰る場所』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog30.html
ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html
