第89話『生きて帰るまでが遠足』

第89話『生きて帰るまでが遠足』


秋芳洞には、静けさが戻っていた。

さっきまでの戦いが嘘のように、

水滴の音だけが響いている。

俺たちは帽子を取り、

秋芳洞へ静かに一礼した。



ナガト軍団長が歩み寄り、

深く頭を下げる。

「山陰支部の皆さん、本当にありがとうございました。」

グラン閣下は小さく頷いた。

「還っただけじゃ。」

その一言だけだった。

ナガト軍団長も帽子を取り、

静かに頭を下げた。



洞窟の入口では、

地元採用の音響士と、

地元ボランティアの音響団の皆さんが静かに並んでいた。

「ミズチ様。」

「また祭りの頃に会いましょう。」

誰も涙は流さない。

それが、この土地の別れ方なのだろう。

俺も帽子を取り、

ゆっくりと頭を下げた。

子どもの頃、

母さんと歩いた景色は、

あの日のまま、

そこにあった。



「隊長!」

アクセントが勢いよく手を挙げる。

「腹減りました!」

「もう我慢できません!」

スタッカートが笑う。

「ペザンテなんか、さっきから唐揚げのこと考えてるっス。」

「……否定しない。」

ペザンテが静かに頷く。

ブリランテが吹き出した。

「帰りましょう、隊長様!」

張り詰めていた空気が、

ようやくいつもの山陰支部へ戻っていく。



グラン閣下が立ち止まった。

「美祢には、うまい唐揚げ屋がある。」

隊員たちが一斉に振り向く。

「えっ!?」

「やまむらじゃ。」

少し間を置いて、

「今日はワシのおごりじゃ。」

アクセントが飛び上がる。

「やったーーっス!」

スタッカートも拳を突き上げる。

「最高っス!」

ブリランテは満面の笑みで敬礼した。

「ありがとうございます、閣下!」

ペザンテは一言。

「……唐揚げ。」

リアルダも思わず微笑む。

グラン閣下は照れ隠しのように鼻を鳴らした。

「フンっ。」



車へ向かって歩いていると、

リアルダがぽつりとつぶやいた。

「グラン様。」

「え?」

「最後に私たちを吹き飛ばした場所。」

「レッド様が撃つ場所だったんですね。」

俺は思わず、

グラン閣下の小さな背中を見る。

リアルダは静かに続けた。

「私たちが着地した位置からしか、

あの反響経路は見えませんでした。」

「最初から、

あそこへ落とすつもりだったんです。」

あの一撃も。

偶然じゃなかった。

グラン閣下はこちらを一瞥する。

「フンっ。」

それだけだった。

その後ろ姿からのぞく耳は、

少しだけ赤かった。

思わず笑ってしまう。

本当に、

敵わない。



車へ乗り込む直前。

グラン閣下が前を向いたまま言った。

「生きて帰るまでが遠足じゃ。」

「はい!」

俺たちは三台の車へ乗り込み、

秋芳洞をあとにした。

帰り道は、

きっと唐揚げの話で盛り上がる。

そんな気がした。

― 秋芳洞ミズチ編・完 ―


第90話『帰る場所』
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2026年07月15日