第86話『遊撃隊』
第86話『遊撃隊』
重低音が秋芳洞を震わせる。
グラン閣下は、一歩も退かない。
いや。
退けない。
ミズチもまた、一歩も前へ出ない。
互いに譲らぬまま、
静かな鍔迫り合いが続いていた。
◇
俺は思わずトランペットを構えた。
「閣下を援護する!」
一歩踏み出そうとした、その時だった。
「待ってください。」
リアルダが俺の腕をそっとつかむ。
「まだです。」
「でも!」
「今入れば、閣下の音場を乱します。」
俺は足を止めた。
音場……。
上位同士の戦いは、
目に見えない陣地まで作るのか。
◇
リアルダは端末へ視線を落としたまま、
鍾乳石、
地下湖、
岩壁を順に見渡していく。
そして、
静かにカンタービレ軍曹へ目を向けた。
二人の視線が合う。
カンタービレ軍曹は何も尋ねない。
ただ一度だけ、
静かに頷いた。
◇
「右翼。」
「左翼。」
軍曹の声が通信機へ流れる。
「測定開始ですわ。」
アクセントが真っ先に返事をする。
「了解っス!」
スタッカートが笑う。
「左、行くっス!」
「……中央。」
ペザンテは短く答えた。
ブリランテは元気よく敬礼する。
「隊長様、上段へ向かいます!」
反対側では、
「ソステヌート、第一測定点。」
「了解。」
「レガート、第二測定点。」
「はい。」
「エネルジコ、第三測定点。」
「押忍!」
「ドルチェ、第四測定点ですわ。」
「はい~。」
「グラヴィオーソ、狙撃位置。」
「了解。」
十二人が一斉に散開する。
まるで鍾乳洞へ溶け込むように、
それぞれの持ち場へ消えていった。
◇
「測定?」
俺は思わず聞き返した。
「何を測るんです?」
カンタービレ軍曹は前を見据えたまま答える。
「遊撃隊の仕事ですわ。」
それだけだった。
◇
「試射、開始。」
リアルダの静かな声が通信へ流れる。
一本。
乾いた音が岩壁へ当たる。
少し遅れて、
反響音が返ってきた。
二本。
三本。
四本。
四方八方から放たれた音が、
鍾乳石を渡り、
地下湖を越え、
洞窟中を巡っていく。
リアルダは目を閉じた。
耳だけが、
その音を追っている。
「第三反響点。」
「少し右です。」
「……もう一度。」
隊員たちは返事をすることもなく、
静かに試射を繰り返す。
端末には次々と数値が並び、
反響図が少しずつ形を変えていった。
◇
その頃。
ミズチはなおもグラン閣下と向き合っていた。
「まだ粘るか。」
グラン閣下は答えない。
「フンっ!」
重低音が響く。
ミズチの巨体が、
ほんのわずかだけ押し戻される。
また同じ場所。
また同じ位置。
その繰り返しだった。
◇
俺はようやく違和感に気付く。
「あれ……。」
「閣下。」
「押してるんじゃない。」
「戻してる……。」
リアルダは端末を見つめたまま、
小さく頷いた。
「はい。」
「恐らく。」
それ以上は何も言わない。
画面へ映る反響図が、
少しずつ一本の線へ近づいていく。
リアルダはその線を見つめたまま、
小さくつぶやいた。
「……もう少し。」
洞窟の奥で、
再びグラン閣下の重低音が響く。
その一音は、
まるで――
「急ぐな。」
そう語りかけているようだった。
第87話『届く場所』
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