第86話『遊撃隊』

第86話『遊撃隊』


重低音が秋芳洞を震わせる。

グラン閣下は、一歩も退かない。

いや。

退けない。

ミズチもまた、一歩も前へ出ない。

互いに譲らぬまま、

静かな鍔迫り合いが続いていた。



俺は思わずトランペットを構えた。

「閣下を援護する!」

一歩踏み出そうとした、その時だった。

「待ってください。」

リアルダが俺の腕をそっとつかむ。

「まだです。」

「でも!」

「今入れば、閣下の音場を乱します。」

俺は足を止めた。

音場……。

上位同士の戦いは、

目に見えない陣地まで作るのか。



リアルダは端末へ視線を落としたまま、

鍾乳石、

地下湖、

岩壁を順に見渡していく。

そして、

静かにカンタービレ軍曹へ目を向けた。

二人の視線が合う。

カンタービレ軍曹は何も尋ねない。

ただ一度だけ、

静かに頷いた。



「右翼。」

「左翼。」

軍曹の声が通信機へ流れる。

「測定開始ですわ。」

アクセントが真っ先に返事をする。

「了解っス!」

スタッカートが笑う。

「左、行くっス!」

「……中央。」

ペザンテは短く答えた。

ブリランテは元気よく敬礼する。

「隊長様、上段へ向かいます!」

反対側では、

「ソステヌート、第一測定点。」

「了解。」

「レガート、第二測定点。」

「はい。」

「エネルジコ、第三測定点。」

「押忍!」

「ドルチェ、第四測定点ですわ。」

「はい~。」

「グラヴィオーソ、狙撃位置。」

「了解。」

十二人が一斉に散開する。

まるで鍾乳洞へ溶け込むように、

それぞれの持ち場へ消えていった。



「測定?」

俺は思わず聞き返した。

「何を測るんです?」

カンタービレ軍曹は前を見据えたまま答える。

「遊撃隊の仕事ですわ。」

それだけだった。



「試射、開始。」

リアルダの静かな声が通信へ流れる。

一本。

乾いた音が岩壁へ当たる。

少し遅れて、

反響音が返ってきた。

二本。

三本。

四本。

四方八方から放たれた音が、

鍾乳石を渡り、

地下湖を越え、

洞窟中を巡っていく。

リアルダは目を閉じた。

耳だけが、

その音を追っている。

「第三反響点。」

「少し右です。」

「……もう一度。」

隊員たちは返事をすることもなく、

静かに試射を繰り返す。

端末には次々と数値が並び、

反響図が少しずつ形を変えていった。



その頃。

ミズチはなおもグラン閣下と向き合っていた。

「まだ粘るか。」

グラン閣下は答えない。

「フンっ!」

重低音が響く。

ミズチの巨体が、

ほんのわずかだけ押し戻される。

また同じ場所。

また同じ位置。

その繰り返しだった。



俺はようやく違和感に気付く。

「あれ……。」

「閣下。」

「押してるんじゃない。」

「戻してる……。」

リアルダは端末を見つめたまま、

小さく頷いた。

「はい。」

「恐らく。」

それ以上は何も言わない。

画面へ映る反響図が、

少しずつ一本の線へ近づいていく。

リアルダはその線を見つめたまま、

小さくつぶやいた。

「……もう少し。」

洞窟の奥で、

再びグラン閣下の重低音が響く。

その一音は、

まるで――

「急ぐな。」

そう語りかけているようだった。


第87話『届く場所』
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2026年07月15日