第41話『飴玉とウルセンジャー』
第41話『飴玉とウルセンジャー』
夕暮れの空が、益田の街を茜色に染めていた。
益田小学校の運動場には、激戦の跡がまだ残っている。
倒れたテント。
曲がった譜面台。
土に埋もれた白線。
救護班は最後の負傷者を搬送し、
工兵隊は黙々と資材を片付けていた。
さっきまで怒号と爆音が響いていた場所へ、
少しずつ日常が戻ってくる。
校門では先生たちが子ども達を迎え、
保護者は何度も我が子を抱きしめていた。
「また明日ねー!」
「バイバーイ!」
「うん!」
夕焼けの校庭に、笑い声が響く。
俺は、その声を聞いていた。
ついさっきまで。
ここは戦場だった。
それが今では、いつもの小学校に戻ろうとしている。
風が吹いた。
砂ぼこりが夕日に光る。
「隊長。」
振り向くと、カンタービレ軍曹が立っていた。
泥で汚れた制服。
少し乱れたショートカット。
「左翼、撤収完了しました。」
「ありがとう。」
彼女は校庭を見渡し、小さく息をつく。
「……静かになりましたわね。」
「ああ。」
それだけ言って、カンタービレは持ち場へ戻っていった。
その背中を見送っていると、
小さな足音が近づいてきた。
「お兄ちゃーん!」
昼間、悪のみなさんから助け出した女の子だった。
泥の付いた体操服。
少し乱れた髪。
それでも、笑っていた。
女の子は俺の前まで来ると、小さな手を差し出した。
「はい。」
手のひらには、飴玉が一つ。
少しだけ溶けて形が崩れている。
包み紙は、しわくちゃだった。
ずっと握っていたのだろう。
俺はそっと受け取った。
「ありがとう。」
女の子は嬉しそうに笑う。
「ウルセンジャーのお兄ちゃん、ありがとう。」
「……ウルセンジャー?」
「うん。」
「みんながそう言ってた。」
女の子が校門の方を指差す。
「あっ!」
「ウルセンジャーのお兄ちゃんだ!」
帰ろうとしていた子ども達が手を振る。
「また来てねー!」
「ありがとう!」
一人の男の子が笑った。
「トランペット、すっごいうるさかった!」
「うるさいんじゃい!」
すると、別の子が声を上げる。
「じゃあさ。」
「ウルセンジャーじゃん!」
一瞬の静寂。
次の瞬間には、
「ウルセンジャー!」
「ウルセンジャー!」
笑い声と一緒に、その名前が校庭へ広がっていった。
俺は思わず笑ってしまった。
正式な部隊名じゃない。
誰かが考えた名前でもない。
子ども達が笑いながら付けてくれた。
それだけだった。
女の子は友達に呼ばれ、小さく手を振る。
「またね!」
「ああ。」
俺も手を振り返した。
小さな背中は、夕焼けの中へ駆けていく。
「レッド様。」
いつの間にか、リアルダが隣に立っていた。
情報端末を胸に抱え、校門の方を見つめている。
「いい名前ですね。」
俺は校門の向こうを見る。
笑いながら帰っていく子ども達。
夕日に伸びる小さな影。
風に揺れる校旗。
「そうだね。」
リアルダも、小さく笑った。
そのまま二人で歩き出す。
誰も何も話さなかった。
遠くで椅子を重ねる音がした。
先生の笛が一度だけ鳴る。
「またねー!」
最後の子どもが手を振る。
胸ポケットの飴玉に、そっと触れた。
少しだけ温かかった。
勲章ではない。
戦果でもない。
けれど、その小さな飴玉は、
今日守りたかったもの、そのもののように思えた。
夕焼けに染まる校門を抜ける。
背中の向こうから、もう一度だけ声が届く。
「ウルセンジャー!」
俺は振り返らず、右手を軽く上げた。
茜色の空の下。
その日、俺たちは子ども達から名前をもらった。
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