防府市小野公民館

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地名の由来
  
おくはたのページです 山あいの地区です
 
  奥畑は、本畑、樋渡、麻生、赤山の四つの集落が山の尾背に分かれ、三つの谷川沿いの山奥に拓かれたので「奥畑」というようになったといわれています。  
 
小字の由来
 
 (ほんばた)
  奥畑の中心集落で、先人によって開拓され、山間ながら一反歩(十アール)の棚田が約十指もあり、道や用水路もできました。
  
 (ひわたし)
 奥畑の谷尻にあり、田を開拓しましたが、用水の取りようがなく、苦心の末、山の岸より懸樋で水を取ったのでこの名がついたといわれています。
 
 (あそう)
 昔、この地は麻が群生していたところかを開墾し、田畑をつくり、麻を栽培する農家が多く繁盛しました。麻は当時の衣類などの貴重な原料で、毛利藩も力を入れていました。
 
 (あかやま)
 昔、この地に銅山があり、多くの人が働き、人家も多かった。銅は「赤ガネ」とも呼ばれ、この地を「赤山」というようになったといわれています。
 
『小野の伝説と昔ばなし』小野郷土史研究会 より抜粋
 
  
 
 
 
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