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| トップページ≫小野地区の概況・小野公民館の歩み≫地名の由来 和字 |
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| 弘長年中(1261年)に最明寺入道時頼が、日本国中を行脚の時、当村に宿泊し、その時、子供達に「いろはに・・」を書き与えて、これの読み書きを教えました。そして、これは「大和仮名」といわれているもので、一般には「和字」といっていると教えました。土地の人は、初めて「和字」を習った村というところから、「和字村」というようになったと伝えられています。(防長風土注進案) |
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| 『小野の伝説と昔ばなし』小野郷土史研究会 より抜粋 |
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(まつばら) |
| 昔、松原であってここから水田が開墾された |
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(ながれだ) |
| 昔、この地がたびたびの水害で田畑が流された |
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(すなだ) |
| 以前は砂地であった |
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(しばた) |
| 以前は芝の生えた草原であった |
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(おかのはら) |
| 岡の上にある |
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(おおこうち) |
| 人家がたくさんあったところ |
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(しもわじ) |
| 本郷和字より下に名づけられたり田家ともにできて下和字と名づけられた |
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(いのやま) |
| 昔、この山の麓に竹藪があり、猪が多く籠り居たので猪の山といい、後に、井の山と書くようになった |
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(おおさか) |
| 上和字と下和字を結ぶ小道は急な坂道であった |
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(ほんごう) |
| 上和字の中央であって本郷という |
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(きり) |
| 悪龍を切った伝説による |
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| 『ふるさと小野 第5号 −地名の由来と著名な人物ー』 より抜粋 |
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