平成20年7月13日  公開
平成21年12月19日  「アクセス数」の急増≠ェ、[Google]萩焼≠ニいう「検索」しょっぱなに出していただいていたことにあるらしいと気づく。
平成23年2月18日  更新&「カウンター」が利用できなくなったタメ、新規の「カウンター」に変更(旧「カウンター」の「アクセス数」=32365)  
平成24年5月30日 [Yahoo]・[Google]共「検索」の1&ナ2#ヤ目に出ていることを「確認」。    (但し、[Google]・[Yahoo]も、頻繁≠ノ変わっています。)
平成25年2月3日  「出版」のことを追加=E[Yahoo!ジオシティーズ]にもこの「ページ」を設定
平成25年10月25日    更新

最近=A[Google]・[Yahoo]共、「検索」の基準が変わっているようで、萩焼という「検索」ではなかなか出てこなくなっています。
この「ページ」は、しばしば「更新」・「追加」していますので、今後も、時には再度、「アクセス」していただくことを願っています。
他の幾つもの「ページ」に「リンク」設定していますので、それなり≠フ「アクセス」数はあるのですが、
再度、「アクセス」していただく時には、萩焼 河野≠ナ「検索」していてただきますよう、御願いします。これなら、この「ページ」が初っぱな≠ナ出て来ますので。





●「萩焼」について

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 [土井ヶ浜遺跡&萩焼]という〈index〉には記しているのですが、現在は、直接、このページにアクセスしていただく方が多いため、重なりますが、この「HOMEPAGE」の意図≠述べておきます。
 私の父は、「文化財保護法」制定当時、「山口県」において、「文化財」の仕事を担当させていただいていた一人でした。
 そして、その仕事≠フ一つに、「文化財保護法」によって、初めて設けられた「無形文化財」のことがありました。
 しかし、衰亡の虞≠フあることが条件≠フ一つであった当初の「制度」から純粋に技量だけが条件となった「重要無形文化財保持者(俗称 人間国宝)」を中心とする制度への過程的確に伝えた≠烽フは、一流≠ニされる執筆者・マスコミを含め、ほとんどないと思います。
 その過程=≠「わば「日本文化史」の問題・「陶芸史」の問題を、典型%Iな歩み≠することになった「萩焼」のことを述べることを中心に、「萩焼」全般について、さらには、そもそもの「人間国宝」なるものについて、関連して、辞退した北大路魯山人氏・河井寛次郎氏や、三代≠フ酒井田柿右衛門氏、12代今泉今右衛門氏について、私なりにまとめてみたのがこの「HOMEPAGE」なのです。
(「下線」の部分には 「リンク」設定 or [頁内ジャンプ=n設定 をしています。クリック≠ウれれば御覧いただけます。
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文責 河野 英男 の三男=河野 俊乎

[1]  「萩焼」なるものについて
「萩焼」からハギヤキorHAGIYAKIへ−


[2] 「萩焼」の味わい方

[2−@]   「萩焼」 の味

 
[2−A]  思わず語った 「萩焼」 のこと


[3] 「萩焼」
山口県以外の執筆者の場合 −

山口県以外の執筆者
北村弥一郎氏・佐藤進三氏



[4] 小山先生の12代坂倉新兵衛氏追悼文



[5]事実≠踏まえた「萩焼の歴史」を! 

─ 『山口県史』への期待 ─ 



この事実≠踏まえた「萩焼の歴史」を!─ 『山口県史』への期待
は、「平成25年9月25日」に『萩焼・戸田焼』として出版しました。









この「萩焼の歴史」の中に設定している 「リンク」の主なるもの


「萩焼」の起こりについて
  ↑ 小山冨士夫先生・佐藤進三氏の説を紹介するとともに、河野良輔氏の「萩焼略年譜」の昭和18年以前を記しています。

「文化財保護法」の「無形文化財」認定についていた条件
「萩焼」からの同時二人指定申請≠フこと
低かった「萩焼」の評価=小山冨士夫先生の「古萩の歴史と特質」
小山先生の「来県調査」とともに歩み出した萩焼全国区≠ヨの道
「休和物語」の中の数々の誤り
「山口県地方史学会」での発表要旨 ←河野良輔氏を前にして
榎本徹氏の「萩焼」記述の問題点−誤り≠ェ訂正されないという現実
プール≠ニいう考え方
「文化財保護法」の中の公開≠フ条文
「工芸会」の「山口支部」結成のこと←特異≠ネ「支部」であったこと
『日本工芸会山口支部 40年のあゆみ』の「紹介」と「問題点」の指摘







[8]「萩焼」 を主体に「陶芸」関係の随想−『陶片の楽書』より−


●古陶の秘鑰←小山冨士夫先生関連



[10] 「人間国宝」なるものを始め「無形文化財」(陶芸関係)全般についての再考≠フために

「重要無形文化財」=保持者としての「各個認定 俗称「人間国宝)」//「保持団体」としての認定//「総合認定」 について
中ノ堂一信氏の「技の継承=重要無形文化財の保持者たち」

対談 重要無形文化財指定のころを語る
 ↑ 前東京国立近代美術館工芸課長 杉原信彦氏・東京国立博物館主任研究官  林屋晴三氏〈『現代日本の陶芸 第3巻』 「月報 6」〉
「人間国宝」を辞退した2人の陶工=*k大路魯山人氏と河井寛次郎氏のこと
酒井田柿右衛門=12代(「記録選択」)//13代(「重要無形文化財(総合指定)//14代(総合指定)・「個人指定=人間国宝=v


「山口県文書館」にある「資料」
















これまで使わせていただいていた「カウンター」による「カウント」が、なぜか、出なくなりました。
[平成20年7月13日]〜[平成23年1月26日]までの「カウント」は、32365≠ナしたが、[平成23年2月18日午前9時]から、別≠フ「カウンター」を使わせていただくこととします。
従って、再び=A1≠ゥら「スタート」ということになります。(「累計」としては、32365 + この「ページ」の現時点≠フ「カウント」数 ということになります。)

なお、「カウンター」の多く≠ヘ、「設定者」が「カウント」を自由≠ノ「設定・変更」ができるようになっていますので、日々≠フ「アクセス数」が公開≠ウれることになる、この [FC2 のカウンター]((カーソルを重ねると一週間分のカウントが表示されます)を使用させていただくことは、
多くの方に、知っていただきたいと思っている私には、「説得力」という点で、意味あること≠セと思います。

この [FC2]のカウンター は、10個≠ワで使用させていただけます ので、私に取って、「主要」と思う「他のページ」にも「設定」しています。
(「萩焼」関係では、「土井ヶ浜遺跡&萩焼」「萩焼の歴史」=エポックメーキング≠ニなった「昭和二、三十年代の歩み榎本徹氏の「萩焼」記述の問題点−誤り≠ェ訂正されないという現実「萩焼」なるものについて に、「設定」しています。)